東京地方裁判所 昭和44年(ワ)4295号 判決
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〔判決理由〕(1) 被害者染之助の得べかりし利益
<証拠>によれば、訴外染之助は明治三六年六月二六日生れであることが認められるから、事故死の昭和四三年一〇月二五日当時は、六五歳であり、厚生省第一二回生命表によれば満六五歳の男子平均余命は11.88年であることが認められる。成立に争いのない甲第一〇、第一一号証および原告幹夫、同哲夫の各本人尋問の結果によれば、訴外染之助は生前は株式会社小島商店の代表取締役として、主要食糧の搗精販売、煙草パン菓子類および食糧品の販売を行ない、健康であつたことが認められ、同人の職業・健康・年数等の諸事情を総合すれば、同人は本件事故に遭遇しなければ、なお五年間は稼動可能であつたものと認められる。そして、原告幹夫本人尋問の結果およびそれによつて真正に成立したものと認められる甲第六号証の一ないし三によれば、昭和四三年における訴外染之助の月収は七万円を下らないことが認められ、生活費はその四割を上廻らないことが認められ、同人の純収入は月額四万二〇〇〇円を下らないことが認められる。したがつて、同人の五年間の純収入からホフマン式計算により年毎に年五分の中間利息を控除すれば、同人の純収入の現在値は、
4万2000円×12×4.36437041≒219万9642円となる。(篠田省二)